松島町(歴史)概要: 松島町は古来から風光明媚の観光地として知られ、260を数える大小様々な島は江戸時代の儒学者が林春斎が「日本国事跡考」の中で日本三処奇観と称した事から宮島(広島県)、天橋立(京都府)と並び日本三景の一つとされます。
松島の中で特に景観のよい展望地は「麗観:富山」、「壮観大高森」、「幽観:扇谷」、「偉観:多聞山」が挙げられ「松島四大観」と称されています。
文人墨客も松島の奇観を求めて多数訪れていて、源融、藤原実方、西行法師などが和歌や俳諧を詠み、特に松尾芭蕉が奥の細道行脚の際、言葉を失い俳句を読めなかった逸話が残っています。
又、文化面でも早くから開き、坂上田村麻呂が創建したという五大堂(国重要文化財)を始め、伊達文化の結集とも言える瑞巌寺(国宝:本堂、庫裏−国重要文化財:御成門、太鼓塀、中門−宮城県重要文化財:総門)や圓通院三慧殿(国重要文化財)、陽徳院寶華殿(宮城県重要文化財)、三聖堂(松島町指定文化財)、水主衆民家(松島町指定文化財)などの文化財がひしめいています。
近世に入ると瑞巌寺が伊達家菩提寺と言うことあり、一族は度々松島遊覧を行っていて、海岸沿いには豊臣秀吉の伏見城から拝領された観瀾亭(宮城県重要文化財)を移築して松島を堪能したそうです。
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